不景気しか知らない世代こそ見てほしい 日本に勝った先進国シンガポール 

IMFによる直近2017年の東南~東アジアでの一人あたりGDPランキングは、以下のようになります(単位ドル)

1.マカオ 77,111(※IMF推定値)
2.シンガポール 57,713
3.香港 46,080
4.日本 38,449
5.韓国 29,938

日本より上の国は、すべて中華圏ですね。

現在、日本は四位です。しかし戦後~20世紀が終わるまで、首位だったのは、ほぼ日本でした。

90年代はじめには、世界全体でみても、上位10国の常連でした。他アジアを寄せ付けない強さでした。

それが2005年頃から順位を落とし、以降、20位前後をうろうろするようになっていきます

一方、シンガポールは90年代、20位~30位前後だったのが、着々と順位を上げ、2012年からは世界の上位10国にランクインするようになりました。そして、現在もその状態を維持しています。

IMF推定値になりますが、マカオも、ほぼ同じ流れで上位10国の常連になっています。

日本は、バブル期にいた位置を、シンガポールやマカオにとって替わられた・・・といったところでしょうか・・・

 

苦力(クーリー)が作った国 シンガポール

5年ほど前、シンガポールに旅行したことがあります。
名所のひとつ、オーチャード通りは日本の都心と遜色ない発展ぶりでした。先進国と呼ばれるだけあるといった感じでした。

 

 

同伴した方は、バブル期に一度、シンガポールに行ったことがある方でした。そして、その変化に非常に驚いていました。

1990年頃のオーチャード通りは、小さな屋台がたくさん並んでいる小汚い通りだったといいます。
そして日本人をみると「シャチョ(社長)さん、シャチョさん」と、まるで客引きのように現地人が寄ってくる状態だったそうです・・・。

 

ガイドに従って立ち寄った、ある名所に、ちょっと度肝を抜く像がありました。

 

なんだか、奴隷労働を連想させる像ですね。

説明には、中国人とインド人のクーリー(苦力)と植民地時代のビジネスマンの像とあります。

この像の周辺にも複数の似た作品がありました。A Great Emporiumという作品群で、シンガポールの歴史を表しているものです。

 

苦力(クーリー)という存在をご存知でしょうか?

20世紀はじめまで、低賃金で過酷な肉体労働を行っていた人たちです。奴隷のように売買される労働力でもありました。
「苦力」という名のとおり、中国人が多かったです。

シンガポールは、日本では華僑が作った国として知られていますね。

日本人は華僑ときくと憧れを持つ方が多いです。

一方、苦力のことは、中国人が白人から差別されていた象徴として、蔑みをもって語られる傾向ですね。

・・・しかし、実際のところ、華僑と苦力、この2つはつながっていることが多いようです。

苦力たちが集団で現地に根を下ろし、団結し協力しあい、やがて成功し、華僑になる・・・苦力を多く出した福建省、広東省が華僑の主な出身地であるのも、そのためです

華僑の多くは 初期には社会の最底辺にあった。しかし団結心の強い彼らは、同族・同郷の出身者で結合して「幇」と呼ばれる団体を結成し、助け合うようになった。そしてこの結合関係のネットワークを利用し、相互扶助によって社会的地位を上昇させた

世界史工房李香

苦力→華僑
・・・なんだか進化すると名前が変わるポケモンみたいですねw

そして、これは戦前に、ハワイや南米に移住した日系人の社会的地位の上昇のしかたと、ほぼ同じですね
日系人も大多数の一世は、白人が経営するプランテーションで酷使される肉体労働者でした。
(関連記事:移民してもアメリカ国籍がもらえなかった日本人 戦前の在米日本人たち

 

イギリスより中華を選んだリー・クアンユー

シンガポールの繁栄の理由を語る上で欠かせないのが、
シンガポール建国の父とよばれる故リー・クアンユーですね。

シンガポールは元イギリス植民地であり、今はイギリス連邦に属する国です。リー・クアンユー自身もイギリス留学をしています。
そのため、彼について、なんとなく西側諸国寄りな人物というイメージを持っている日本人も多いかもしれません。

しかし、実際は、まるで違います。

 

リー・クアンユーの両親はともに中華系ですが、英語を話す人たちでした。彼らは子供たちのことも、英語で育てました。
祖父からも「ハリー」という英語名をもらいます。

本土以外の中華系の人物は西洋風の名前がついていることが多いですね。ビビアン・スーとかマイケル・チャンとか。

しかし実際は彼らは、ほとんどの場合、中国名も別に持っています。

ビビアン・スーは徐若瑄、マイケル・チャンは張德培。
ハリーだったリー・クアンユーも、漢字では李光耀です。

 

リー・クアンユーが青年になった頃、日本軍がシンガポールを占領します。

このとき、リー・クアンユーは日本軍と現地人の通訳を務めるため、日本語を学びました。

そして、過去記事「知られざるシンガポール反日感情の理由 」で取り上げましたように、日本軍によるシンガポール華僑粛清事件とニアミスすることになります。

 

イギリスが日本からシンガポールを守れなかったのを見たリー・クアンユーは、シンガポールは植民地をやめて、独立する必要があると強く思うようになります。

日本の占領は若いリーにとって重大なインパクトだった。
その時代は彼に、日本兵に叩かれたり、お辞儀をしなかったために跪くことを強要されたことを思い出させた。

彼や他の若いシンガポール人たちは、日本人もイギリス人も自分たちに対して蹴ったり暴力を振るう権利はない、自分たちは自治ができるはずだと決意するようになった。

(読んで気分を害される方もいるかもしれませんが、英語版wikiのリー・クアンユーのページには、こうあります)

日本軍の撤退後、リー・クアンユーはイギリスに渡り、ケンブリッジ大学で優秀な成績をおさめます。しかしイギリスという国が、彼の考えを変えさせることはありませんでした。

 

帰国後、彼は、祖父がつけた「ハリー」という英語名を使うことをやめました。
そしてリー・クアンユー(李光耀)として生きていくと決めます。

 

また、32歳にして、中国語を学びはじめます。

上述したように、リー・クアンユーは中華系でしたが、英語の環境で育ちました。

彼の父方は19世紀に広東省から移住した家系でしたが、母方はペラナカンでした。
ペラナカンとは16世紀頃の古い時代に東南アジアに移住した中華系を指します。彼らは東南アジアに広く住み着きました。
交易を生業とし代を重ねたペラナカンは、主に英語やマレー語を話すようになり、中国語は使えなくなっていることが多かったのです。

幼い頃に英語を学んだ私は、中国語より英語のほうが上手かもしれない。
しかし、私は世代をさかのぼっても決してイギリス人ではないし、西洋的な価値観も私の中にはない

リー・クアンユー著書「Keeping My Mandarin Alive」より

それから、リー・クアンユーは晩年まで、中国語のレッスンを続けました。長年連れ添った妻が死んで打ちひしがれたときも、それでも中国語のレッスンは休まなかったといいます。

リー・クアンユーは自分の子供たちにも中国語を学ばせました。教育のため、子供相手のときは家庭でも極力、中国語を使いました。

 

またシンガポール華人があまり中国語を使わないことに対して「中国語を話そうキャンペーン(華語普及運動/講華語運動 Speak Mandarin Campaign)」を長期に渡って行います。

私たちが中国語を保ちつづけなくてはならない理由はいくつかある。圧倒的な理由は文化と自尊心だ。私達にはアイデンティティの意識が必要だ。経済的な理由はその次だ。
中国や台湾とのビジネスを通して、あなた方は自らの自尊心のために、その言語を知らなくてはならない

「Keeping My Mandarin Alive」より

華語普及運動/講華語運動 Speak Mandarin Campaignのポスター
(http://www.ghettosingapore.com/speak-mandarin-campaign-in-singapore/より)
 

・・・リー・クアンユーの弟二人は、それぞれ英国国教会派、メソジスト派のキリスト教徒になりました。

しかしリー・クアンユー本人は、公衆の前で自らを「名目上、仏教徒(nominal Buddhist)」であるとしています。
2009年のインタビューでは、仏教と道教のコミュニティに所属する一員と語っています。

中国語のレッスンの際にも、中国の地理や格言、芸術様式などの文化の重要性について語りたがったそうです。

 

同じ道を逆向きに走った日本とシンガポール

鎖国中、東洋文化どっぷりだった日本の知識人たちは、開国~維新になると、必死に英語や西洋文化を習得しようとしましたね。
日英同盟が破綻した後、鬼畜米英、東洋伝統重視の時代を過ごし、敗戦してアメリカ占領下になったあとも、再び似た流れが起きました。

リー・クアンユーはその逆で、英語で育ち、イギリスの名門大学まで出ておきなながら、必死に中国語と中国文化を学ぼうとしたわけです。シンガポール国民にも、それを望みました。

東洋文化と西洋文化を、お互い逆向きに走った日本とシンガポール。日本は東から西へ。シンガポールは西から東へ。
二国は、時期こそ違え、共に繁栄し、アジア一の先進国となりました。

 

日本でリー・クアンユーというと「(国づくりで)日本を手本とした」「日本軍の秩序を参考にした」という件がよく取り上げられますね。これ、上記をかんがえると、あながちリップサービスでもないかもしれません。

シンガポール占領当時の日本軍は暴力的な面が強調されがちであり、リー・クアンユー自身も回顧録でその点を多く述べています。

しかし「イギリスと違う価値観」を持っていて、なおかつ「イギリスを追い出した」勢力だったのは確かでした。

シンガポール占領時の日本軍は英米に強い敵意を持ち、西洋とは違う哲学を掲げていました。

特に高等教育を受けている士官以上のエリートは、儒教に強い影響を受けていました。

過去記事「日本軍が中国で起こそうとした孔子革命 驚きの占領の実態 」でとりあげたように、徳富蘇峰氏が担当した庶民向けプロパガンダである「植民地拡張」や「白人の帝国主義、人種差別への抵抗」といった目標とはまた別の、東洋文化の保持を目標とした軍人達もいましたね。
(関連記事:「明治~戦前の偉人たちを生んだ漢学 これが本来の日本の道徳」)

リー・クアンユーにとって、若い時代に日本軍を知ったことが、もしかしたら東洋文化や中華系である自身に興味を持つ、きっかけになったかもしれません・・・。

 

そこを考えると、リー・クアンユーが晩年にのこしたという
「日本は今、世界でなんら変哲もない平凡な国へと向かっている」
という言葉は考えさせられますね。

イギリスの植民地に生まれ、西欧文化寄りの環境をスタート地点にしてるリー・クアンユーからみると、西欧文化のコピーに溢れた現代日本は「平凡」なのかもしれません・・・

そして前回記事「白人の真似ばかりの国 フィリピンは日本の未来か?」でとりあげたフィリピンのような西欧文化に依存した国は、今も世界に珍しくありません。中南米や、アフリカの西側諸国寄りの国々も、その傾向です。
その多さを考えれば、現代日本は確かに「世界でなんら変哲もない平凡な国」に仲間入りしかけてるでしょう・・・

 

日本にとってかわって、現在アジアで最も豊かな国となったシンガポール。しかし調べてみると、キャンペーンの多さが目につきます。

上に述べた「中国語を使おうキャンペーン」のほか、
人口増加を防ぐための「子供は二人までキャンペーン」
高学歴の女性が結婚しにくいことに対しての「高学歴女性と結婚しようキャンペーン」などが英語版wikiに取り上げられています。
90年代はタバコをポイ捨てすると高額の罰金が課せられる国として、日本人の間で話のタネになった時期もありました。

どうやら、国民生活にいろいろ指図することが多い政府のようです。
フィリピンや現代の日本のような自由さはないようですね。

 

英語と中国語 シンガポール表と裏の顔

蓋を開ければ日本で広がるイメージと違って、「親中」な国であるシンガポール。

中国が現在のように発展するまで、もっとも大きな投資と支援をしたのも、日本でも欧米先進国でもなく、この小国シンガポールです。

先進国ではありますが、「明るい北朝鮮」と揶揄されるように民主主義国ではありません。今後もそうする予定はなさそうです。

日本国内に多い、中国に敵意を持つ人達からみれば、シンガポールはとんでもない国ということになります。

・・・しかし実際には、シンガポールを嫌う日本人はあまりいません。

ショッピング場所、おしゃれな観光地として人気を集めているほどです。

実際に住んでみて初めて、現地の人が反日の姿勢を持つことに驚く人もいますね
(関連記事:「知られざるシンガポール反日感情の理由 」)

 

なぜ、日本人はシンガポールについて、誤解しがちなのでしょう?

 

・・・・政府のキャンペーンの結果、シンガポール華人は中国語と英語の両方ができる人が増えました。
中国本土からの移民も多く受け入れてきました。

華人のほかインド系、マレー系からなるシンガポールですが、社会的地位の高い仕事についてる人の多くは華人です。

シンガポールには国営のメディア企業であるシンガポール・プレス・ホールディングス(Singapore Press Holdings)という会社があります。
シンガポール新聞で最も有名なストレイツ タイムズ(The Straits Times)を出している会社です。
英字新聞だけでなく、中国語の新聞も発行しています。

2014年にベトナムで大きな反中デモがありました。
中国人の死者も出ましたね。日本でも大きく取り上げられました。

この件について、ストレイツ タイムズのサイトでは、どちらにもつかない、中立といった印象の淡々とした記事を載せていました。

しかし中国語新聞のサイトでは違います。ベトナム人たちがシンガポールの国旗を燃やしたことについて、写真付きで感情的に報じていました。

あのとき、シンガポールの国旗まで燃やされていたなんて、日本では多くの人が知らなかったことですね。

この2つの記事を、政府系の一つの会社が出しているわけです・・・

シンガポールにとって、英語で見せる面はマレー系やインド系も代表した表の顔、中国語は華人だけの内輪で見せる裏の顔なのかもしれません。

そして現在、シンガポールに関わる日本人の多くは、英語を使う人=表の顔を見る人ですね。

 

中国包囲網が話題になった頃、日本では、ASEANとの協力体制を期待する声がよく見られました。

しかしシンガポールと、結びつきの強い隣国マレーシアがASEANを経済的にリードする現状で、ASEANに日米寄りの姿勢を期待するのは、現実的でないでしょう・・・

 

シンガポールの方法なら第三世界も先進国になる?

英語版wikiはリー・クアンユーについて「そのリーダーシップにより、一世代で第三世界を先進国にした」と賞賛しています。

現在、欧米の植民地だった国々は、その大多数が第三世界に甘んじています。
そこを考えれば、リー・クアンユーの成し遂げたことは、驚異的なことです。

 

―――では、こうした第三世界の国々も、シンガポールと同じ方法をとれば、繁栄できるのでしょうか?

 

・・・アメリカで自由民権運動が成功した後、黒人たちが、自分のアイデンティティはここにはないと、アフリカを目指した時期がありました。

黒人男性が、奴隷になる前のアフリカの先祖をたどる小説である、アレックス・ヘイリーの「ルーツ」も、人気を集めました。

・・・しかし文明国アメリカで育った彼らが、アフリカの現実を目の当たりにすると、心折れてしまうことが多かったようです。

(アフリカの現状を知ったあと)「先祖を奴隷としてアメリカにつれてきてくれた神に感謝する」といった意見も見たこともあります。

 

 

・・・シンガポールの成功は、厚みのある文化母体を持つ中華系だから、できたことかもしれません。

過去記事「シノワズリ ヨーロッパで中国が先進国だった時代」で取り上げたように、清に征服される18世紀まで、中国はヨーロッパから文明国と認められていた国でした。
ヨーロッパに行き着いた東洋思想は啓蒙思想にも影響を及ぼしています。儒教の長所は、ドラッカーも認めるところです。
イギリスとの交易も、はじめはイギリス側の朝貢の形をとっていました。

日本人が日本人らしさの源だと考える、武士道や教育勅語も、突き詰めれば中華文化を祖とする東洋思想に行きつきます。
(関連記事「教育勅語を生んだ幼学綱要をめぐる衝突」)

 

現在、西洋文明に依存しない、それなりに高度な文明を保っているところといえば、イスラム圏と東洋文化圏ぐらいでしょうか・・・

東南アジアのマレー人や、中南米の土着民の独自文化などは、他の文化に上書きされて、あまり残っていませんね。

前記事で取り上げたように、マレー人の国、フィリピンはドゥドルテ大統領に未来を託しました。しかしフィリピンの成功は、この点を考えると、大変むずかしいかもしれません・・・。

 

フィリピンや中南米の現在をみると、衣食住にまつわる文化は残りがちですが、人の思想や生き方を左右する哲学的な文化は、最も早く他文化に上書きされ、失われがちなのではないかという気がします。
正直、今の日本をみても、そんな感じですね・・・

それでも、今の日本ならまだ、気づいた人は誰でも、西欧文化のコピーに上書きされる前の日本の過去を調べたり、シンガポールのような近い文化基盤の国々の成功を見て「自分自身を教育しなおすことができる」
リー・クアンユーも32歳から中国語を学び始めました。

もし、私たちがシンガポールとリー・クアンユーから学ぶことがあるとしたら、そこではないでしょうか?

 

※注意書き
私はリークアンユー氏の経歴について、英語版wikiおよび、それをもとにして情報収集したものを載せています。

リー・クアンユー氏とその周辺についての情報は、英語版wikiと日本語版wikiの間に、どういうわけか、かなり差異があります。

英語版と日本語版の、この差異をどう考えるかは、読む方の自由だと思います。

 

https://edithpiaf.livejournal.com/38079.html
http://www.straitstimes.com/singapore/remembering-lee-kuan-yew-to-his-chinese-tutor-he-was-a-gentle-lion
http://www.straitstimes.com/opinion/3-myths-about-spore-china-ties
https://en.wikipedia.org/wiki/Peranakan https://en.wikipedia.org/wiki/Lee_Kuan_Yew
http://usa-rei.com/archives/post_684.html

 

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