伝説の女スパイ南造云子は実在したのか?

南造云子(雲子)は1909年上海生まれ。父、南造次郎の軍国主義思想に深く染まり,十三歲から日本の特殊学校に通う。1926年,十七歳のとき,大連におもむきスパイ活動を行う
台湾語ブログより

日本ではほとんど知られてない名前ですが、中国では川島芳子に並ぶ有名な女スパイです。

参考記事:848中国の三面記事を読む(270)日本の女スパイ 蒋介石暗殺未遂事件秘話(上)

しかし、その存在を主張する声は中国以外にはなく、中国国内にさえ実在を疑問視する声があるようです。

また南造云子(雲子)に触れている日本国内のブログも、実在を疑問視する人が多いように見えます。

“「云子」なんて、日本人の名前としてあまりに不自然。きっと、いい加減な中国人たちが捏造して、ドラマと史実の区別がつかなくなってるんじゃない?”

なんて意見が目につきます。

でも、逆に私からみると、その名前の突飛さが、実在したかもしれない根拠のひとつに感じられるのです・・・

 

変わった名前こそ、逆にありえる?

もし中国人が日本人女スパイを捏造するとしたら、もっと、それっぽい名前にすると思うのです。
中国ドラマ内で川島芳子をモデルにした劇中人物の名前にみられる「酒井美惠子」みたいな、いかにも日本人に多くありそうな名前に。
たまに見る抗日ドラマでも、突飛な名前の日本兵は今のところ見たことがありません。

一方、「南造」姓も「云子(雲子)」という名も、日本人にだって読めないぐらい、珍しいものです。

加えて、明治~敗戦前の女性の名前は、今ではあまり使われないような漢字が使われていた例が多くあるのです。
たとえば明治生まれの私の親戚の女性の名前は極子といったそうです。「極子」と書いて「きわこ」。

美白の女王といわれた故 鈴木その子さんの本名は「鈴木荘能子」といいます。彼女は昭和7年生まれ。

1962年生まれの歌手、松田聖子さんの母親の名前は一子さん。
聖子さんのお兄さんが6歳年上といわれてますから、
一子さんは子の年齢からして、敗戦前の生まれで間違いないでしょう。
けれど、今時、一子という名前は、検索してもNHK朝ドラマにでてくる架空の人物ぐらいしかヒットしません。

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しらべてみると、実は実在に疑問を感じさせるのは名前よりも「南造」姓のほうです。

「南造」を日本で検索すると、この南造云子と
青森にある「南造道」という地名ぐらいしか出てきません。しかも、青森の地名はベースが造道(造道小学校とかがある)。 南造道の南は方角を表してるにすぎない。南造という姓の由来にはなりえないでしょう。

日本に「南造」という苗字は存在しないかもしれません。

 

もしかして「南造」じゃない?

以下、私の勝手な考え、ヨタ話になります。

ふと思ったのです。

もしかして、姓が南で、名前が造云子だったのでは?
鈴木「荘能子」さんのように、三文字の名前だったのかもしれない

父親、南 造次郎 と娘、造云子

南という姓は日本人として決して珍しくありません。
親の名前の漢字の一部が子に引き継がれることも。

「南造云子」とう名が文書で伝わってるうち、日本は「佐藤」「中村」など漢字二文字姓が多いこと、造が女性の名前として一般的に使われにくい漢字であることから「南造」「云子」という形に分かれて考えられるようになってしまったのかも?

ともあれ、南造云子が本当に存在したのか、はっきりした証拠がないことに変わりはありません。

ちなみに1930-45年までの間の日本のスパイ・・・
英語圏では以下のリンク先で確認できるぐらい、たくさんいたことが確認されているそうです

日本人スパイ 英語版wikiへのリンク

わかってるだけでも、こんなにいたんですね。

 

 

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