Made in Japan品質はいつまで続く? 君津市のトンネル事故に思うこと

12月、君津市で、国道のトンネルの天井を覆っていた長さ20メートル、 重さ23トン余りのモルタルが剥がれ落ちました。
このトンネルは老朽化を見越しての補修工事の途中だったのですが
驚くことに、剥がれ落ちたのは古い側ではなく、工事で新たにモルタルを吹きつけた部分だったんですね。

ネットの意見はこんな感じです

・入札見ればどこの業者が落札してるからわかるんじゃね?
・千葉ってマジでどうなってんの?
・現場の土方なんてほとんど日給8000円で集めてきた奴ばっかり
・きちんと金を使って徹底的に補修したところは崩れてない。
・中抜きがひどすぎて末端労働者なんてやる気が出んわな

うーん・・・でも昔から現場の土方は日雇いや、地方からの出稼ぎが中心だし
東京の隣県の千葉が地方出身者やその子供たちの住む土地なのも昔と変わらないし
崩れなかった古い側が作られただろう高度成長期のころはまだバブルも来てなかったので、お金は今より少ないぐらいだったんですよね。

―――――違うのは、人間です。

 

“子供でも簡単に作れる”の是非

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この工芸品は廻り鼠といって、江戸時代後期から名古屋地方で作られるうようになったおもちゃだそうです。

私がこの民芸品の写真を初めて見たのは40年近く前.
1960年代生まれの従兄が持っていた子供向け工作の本の見開きページに写真があったのです。
そして、その下に続いた言葉はなんと

「作ってみよう」

私の心は舞い上がりました、

「作ってみよう」って書いてあるんだから、きっと作れる。
こんなに見事じゃなくても、ある程度は似たようなものが作れる。
繭は紙で代用すればいいし、木材は割りばしか、そこらで木片を拾ってくればいい・・・

もちろん、小学校低学年に高度なものを作れるはずありません。出来上がったのは、ぶざまなものでした、けれど、この美しいおもちゃへの憧れは現在も胸に残り、こうしてネットで由来を調べるにいたります。

幼い私の心を掴んだ「素晴らしい大人の工作」はこれだけではありません。

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百度より

↑幼稚園や小学校の天井などによく吊り下げられていた、くす玉。
現在、主流になっている折り紙だけで作れるくす玉とは違い、花をいくつも折った末に、最後は糸などで球状にまとめなくてはならない手のかかるものです。

↓店舗の装飾や屋台などで見られた和紙で作られたおもちゃ。本当に欲しかった。現在でも中国では一般的なようです。今の日本でもプラスチック製の似たような装飾品をたまに目にしますが・・・ソレジャナイ!

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百度より

当時、私が手にする機会のあった昭和40年~50年代の子供向け工作の本には、今の時代によく見られる科学への興味をわきたてる教育的なテーマのものはあまりありませんでした。ひたすら昔ながらの日本の工作について扱ったものが多かったです。その分、現在の子供向け工作本より手先の器用さが求められ、工芸により近いものでした。

竹と和紙で奴凧を作ってみよう、竹で枠を組んで模型飛行機を作ってみよう、竹馬を自分で作ってみよう・・・

たぶん大人が手伝わないと、どれも見事な出来にはならなかったでしょう。けれど、そうした伝統的かつハイレベルなものを、いずれ成長すれば自分も当たり前のように作ることができるはずと思う機会が、40年前までの子供たちにはありました。

 

遠い職人の芸術と、近い大人の工作

現在、博物館や土産物店には凝った技術のほどこされた素晴らしい工芸品がたくさんあります。子供に”本物”を見せたいと願い、そうする余裕もある教育熱心な保護者もたくさんいます。今の若い人たちは、そうした「匠の技」を目にする機会が、昭和に子供時代を過ごした人たちより多いんじゃないかと思います。

けれども、それはどこかの凄い人が作った、気軽に触れることはできない、遠くから眺めるだけの芸術です・・・

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百度より

 

「これ普通の折り紙からできてるのに、すごいなあ」
「手元に置きたい。作ってみたい」
「自分の身近にも紙や糸や木材があるから頑張ればできるかも」

・・・子供がこう思うことができるような、身近な大人が作る手の込んだ品を見る機会は、とても少なくなっています。

丁寧で根気のいる工作を作るには、まず心惹かれる目標がないと頑張れません。失敗して放り出しても、再び素晴らしいものを身近に見れば、またやる気がわいてくるものです。その積み重ねにより、素材を扱うときのバランスやコツをつかむことが、いずれ大人になったときの丁寧な仕事につながる。

けれど、今の日本では若い世代ほど、工場で大量生産された工業製品に囲まれて育っています。この手で何かを作ってみたいという気持ちを掻き立てられるものに、触れる機会が少ないまま大人になる人が増えています・・・

80年代以降、豊かになった日本で、大人たちが子供の前で工作をしてみせることは少なくなりました。折り紙はじめ紙工作は子供が簡単に作れることを重視したシンプルなものが中心になり、おもちゃはアニメのキャラクターグッズやゲーム、カードなどを買ってやることが主流になりました。

「紙や糸で作るおもちゃなど貧乏くさい。テレビのCMで見るおもちゃメーカーのおもちゃを買ってあげてこそ、立派な親」
―――親世代としては、昭和の子供時代に憧れのおもちゃを買ってもらえず、工作するしかなかった貧しい記憶があるからこその思いかもしれません。

私は今の子供や若者の遊びを否定してるわけではありません。
そもそも、バブル~現在までの間に、昔ながらの工作を行ったり、凝った工芸を飾ることが減っていったのは、その時代に大人だった日本人たちが自ら選択したことです。誰にも強制されてない。私自身、その変化の中にいたので、よくわかっています。

ただ現在、仕事の現場にいる若い世代の人たちに対して、”同じ日本人だから”昭和までの日本人たちと同じレベルの手先の器用さがあると期待するのは、おかしい。そういう育てられ方をしてないのですから。

 

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