武士道って説明できますか?

―――――――日本人には武士道がある、日本人の美徳は武士道の精神に基づいている

こうした意見をブログなどで目にするたび、
きっとこの人はこれから武士道とはどんなものなのか説明してくれるだろうと文章を追ってみるのですが
私が今まで目にしてきた方々は、みなさん歯切れが悪い。

わずかでも具体的な例を語れる方はいいほうで
大体は「さて、次の話題ですが」と言わんばかりに
アジア近隣諸国の民度の低さをさげすんだり、日本と西洋の違いを連ねだしたり・・・

日本刀や和服袴といったファッションを好み、
明治の文明開化の時期の武士たちを賛美しても
今、自分は武士道の精神に沿って生活していると仰る方は、ほとんどいないのではないでしょうか?

なぜ武士道を称賛する人は多くても
武士道がどういうものか語れない人が多いのか

江戸~明治の著名人の逸話で知るような漠然とした「かっこいい」イメージしか知らないのでしょうか?

それとも、どうごまかしても結局、武士道のベースは儒教だと知ってるからでしょうか。

日本全国に武士道が普及するほど武士がいたのか?

江戸時代、武士身分(女性、子供含む)は全人口の7%程度しかいなかった。
しかも江戸の人口の50%が武士だったといいます(http://nobuko.biz/ukiyoe/jidai-3.html)
つまり7%のほとんどが江戸に集中。
地方の民は武士と一度も話すことがないまま生涯を終える人も多かったことでしょう。

なのに、なぜ、多くの日本人は、近年”武士道”と表現されることが多い、伝統的な道徳を漠然とながらも知っているのでしょう?

 

江戸時代に日本人を導いた”五経”

今、私の住んでいる地域は城下町だったそうです。公民館に行くと、江戸時代に使われていたという高札が壁に飾られています。

周りの人々と協力しなくてはいけないこと、困った人は助けなくてはいけないこと、勤勉に働かなくてはいけないこと・・・等々が箇条書きで記されています。

江戸時代の達筆な筆さばきで、原文はとても読めません。地域の人が作った解説によると、五経をもとにして作られたお触書だといいます。五経とは儒学で尊重する五部の書(易経・詩経・書経・春秋・礼記)のことです。

江戸時代における高札とはどのような存在だったのでしょう。wikiを抜粋すると
>幕府は人々の往来の激しい地点や中心部などの目立つ場所に高札場を設けて、諸藩に対>してもこれに倣うように厳しく命じた。

>民衆への周知徹底のために高札の文面には、一般の法令では使われない簡易な仮名交じり文や仮名文が用いられた。高札に掲示された法令に関しては「万民に周知の事」と言う理由で簡単に出版が許されたばかりでなく、高札の文章は寺子屋の書き取りの教科書としても推奨されていた。

テレビ、ラジオもなく、出版物も乏しかった時代、高札は日本の庶民に大きな影響をもつものだったに違いありません。

 

寺子屋の教科書 六諭衍義

日本は寺子屋が多かったので開国時でも文盲が少なかったといわれています。その寺子屋で教科書として広く使われていたのが六諭衍義(りくゆえんぎ)です。

もともとは明の洪武帝が発布したものにエピソードや詩を加えわかりやすくしたものです。吉宗の時代に中国から持ち込まれ、和訳され道徳書として普及しました

六諭とは
孝順父母(父母に孝行し、いいつけを守りなさい)
尊敬長上(年上の人を尊敬しなさい)
和睦郷里(郷里と和睦しなさい)
教訓子孫(子弟を教え導きなさい)
各安生理(自分の運命に従いなさい)
毋作非為(悪いことをしてはいけない)

いっこく堂と名護親方の琉球いろは歌 より

六諭衍義は明治期になっても修身の教科書として使われ続けました。

日本の伝統的な道徳といって差し支えないでしょう。

今、NHKのドラマなどで人気を集めている明治の人々は、皆、こうした教育を受けて育ったのです。

あまり歴史に詳しくない多くの日本人が、漠然と武士道として理解しているものは、実際にはこれなのではないでしょうか?

 

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